普通の細胞は細胞分裂により,テロメアが徐々に短くなり,正常な細胞分裂が出来なくなる.
テロメラーゼはRNA依存性ポリメラーゼのサブグループの1つであり,DNA鎖のテロメアを伸長する酵素である.テロメラーゼ逆転写酵素(telomerase reverse transcriptase: TERT,特にヒトのものはhTERTと略される)は,テロメラーゼの触媒サブユニットであり,テロメラーゼRNA構成要素(TERC)とともにテロメラーゼ複合体の重要なユニットを構成する.
がん細胞では、増殖のために何らかの理由でhTERTプロモーターが活性化している.
telomerase-specific replication-competent adenovirus (TRAD)は,腫瘍細胞を標的にして,治療するために設計された改良型のアデノウイルスである.
このウイルス,TRADは、「hTERTプロモーターが活性化している」細胞に感染すると増殖する.
その方法:TRADが,がん細胞に入り込むと,TRADが持っているhTERTプロモーターを,がん細胞内の環境が活性化してしまう.そのため,TRADの増殖が促進される.一方,hTERTプロモーターを不活化する環境の正常細胞内では,TRADのhTERTプロモーターが活性化されないため,TRADは増殖しない.
TRADの増殖が続くとがん細胞が破壊され,さらに周囲のがん細胞がTRADに感染していく.その結果「腫瘍溶解性(Oncolytic)」が生じる.
このシステムの巧妙なところは,がん細胞内の環境で,ウイルスを増殖させるためウイルスに仕掛けられたhTERTプロモーターが活性化することである.
TRADの遺伝子には,ウイルスの増殖に必要な「E1遺伝子」というスイッチの前に,がん細胞で活性化している「hTERTプロモーター」が組み込まれている.がん細胞の中では,hTERTプロモーターを活性化する「転写因子」(c-Mycなど)が活発に動いており,DNAの梱包(エピジェネティクス)も解けて読み取りやすい状態になっている.TRADはこの「遺伝子を読み取ろうとする細胞内の環境」を利用する.がん細胞のhTERTプロモーター領域のヒストン修飾やDNAメチル化を遺伝子発現促進方向に設定するがん細胞内の環境が,入り込んだウイルス増殖のためのhTERTプロモーターにも作用するということである.
この治療法は,もしかするとこれまでに無いほど,多くのがんに対する有効な治療法になるかもしれない.
・「がん細胞の約90%で共通して活性化しているhTERT」を利用しており,一つの製剤で幅広い種類のがんをターゲットにできる.
・「ウイルス増殖のスイッチ」ががん細胞の特性(hTERTプロモーターの活性化)に依存するため,正常細胞に影響せず,がん細胞だけを殺す.
・ウイルス単独でも効きそうであるが,放射線や免疫の誘導も利用できる.
ここからは,俗な話であるが,
TRAD(テロメライシン / OBP-301)関連の製剤の普及により直接的に利益を得る、主な権利・製造・販売関連企業は以下の通りである.
1. 開発・知的財産権の保有:オンコリスバイオファーマ株式会社
岡山大学発の創薬ベンチャーであるオンコリスバイオファーマ(東証グロース:4588)が、テロメライシンの特許権および開発・製品化の権利を主導して保有していいる.
- 役割: アカデミア(岡山大学)のシーズを事業化する中心的存在です。
- 収益構造: 自社での販売による利益のほか、提携先からの契約一時金やロイヤリティ、開発進展に伴うマイルストーン収入が主な収益源となります。
- 直近の動向: 2025年12月、厚生労働省に対し「標準治療が難しい食道がん」を対象とした医薬品製造販売承認申請を正式に完了しました。
2. 国内販売提携:富士フイルム富山化学株式会社
オンコリスバイオファーマは、日本国内におけるテロメライシンの独占的販売権に関して、富士フイルム富山化学と提携契約を締結している.
- 役割: 承認後の日本国内での流通および販売活動を担います。
かつては中外製薬とライセンス契約を締結していたが,2021年に提携は解消された.現在はオンコリスバイオファーマが自ら,あるいは富士フイルム富山化学などの新たなパートナーと協力する体制となった.